会社履歴

(個人企業時代)

明治39年10月 先代、鈴木伊助 手動式のめん類製造業を開設
昭和 7年 2月 電力による、めん類製造を開始。(生めん、干めん)
昭和13年 9月 山形連隊へのめん類の納入を始める。
昭和25年 3月 食糧不足の時代に対処し、食糧庁委託の干めん製造を開始。
昭和2年 3月 麦類税制度撤廃と同時に山形県経済連の前身、県販連の指定工場となる。(現在に至る)
昭和34年 4月 めん類の需要増大に備え、第一期工事として二階乾燥場 198㎡を建設。
昭和35年10月 乾燥場兼機械工場( 181㎡)を増設。

 

(会社設立以降)

昭和37年 6月 従来の個人企業を株式会社組織に改正。(資本金 200万円)本社所在地 山形市宮町5-4-31
昭和38年10月 移行式乾燥機を設置。
昭和42年 3月 茹めん工場を新設し、移動式茹めん機、自動玉取機、1tボイラー等設備の近代化を完了。
昭和43年10月 財団法人山形県学校給食会の県内唯一の指定工場となる。(村山地区と北村山地区の小中学校)
昭和44年11月 隣接地 990㎡を買収し、本格的な生めん、茹めん工場を完成。
昭和45年 1月 資本金 500万円に増資。
昭和45年 4月 当社社長(鈴木安太郎)山形県製麺組合連合会会長に就任。資本金 800万円に増資。
昭和45年12月 JAS認定工場に認定される。
昭和49年 4月 山形県製麺組合連合会が協同組合法に基づき、山形県製麺協同組合に改編、同時に当社社長も初代理事長に就任。
昭和58年10月 自動茹めん製造装置を増設。同時にVミキサー3型を導入。山形県天童市清池藤段(天童市清池工業団地内)に土地 4620.77㎡(約1400坪)及び建物1289.7㎡を買収。
昭和61年 8月 同買収地に天童新工場が完成。山形市宮町の工場設備を移転。同時に最新式製麺機を導入。事務所、工場の移転完了。
昭和63年 8月 鈴木安太郎氏の長男、鈴木則男氏の社長就任。
平成 5年 6月 干めん半自動裁断機を設置。
平成 6年 4月 資本金1千万円に増資。
平成 6年 8月 最新の大型ミキサー渦巻式を設置。
平成 9年 2月 干めん乾燥室、最新式に全面改築工事完了。